イザヤ書66章1節 (旧1169頁)
ヨハネによる福音書2章13~22節 (新166頁)
前置き
現在、私たちは罪人を救うために十字架の苦難を受けられたイエス•キリストを記念するレントを過ごしています。世界の創造主である主なる神は、イエス•キリストという救い主を遣わしてくださり、その方によって罪人が神に赦され、神の子供として生きることが出来る恵みを与えてくださいました。イエス•キリストは罪人を悔い改めさせ、神の子供とさせてくださるために、自ら苦難と死を選ばれたのです。レントが終わり、イースター(復活節)が来ると、私たちはその苦難と死を受けられたイエス•キリストの復活を感謝しつつ記念するでしょう。今日は、私たちにおいてのイエス•キリストの存在意味について、神殿を通じて考えてみたいと思います。
1. 神殿について
新旧約を問わず、聖書には「神殿」という言葉がよく出てきます。主なる神の神殿は歴史上、4つの形で存在したと言われます。一つ目はイスラエルがエジプトから脱出する時(出エジプト記26章)、神のご命令によって建てられた幕屋です。 幕屋は文字通りに一種の大きいテントでしたが、その中には主のご命令によって作られた様々な礼典の器具がありました。そして、最も奥には神の御言葉が記された十戒の石板が入っている掟の箱がありました。その区域は至聖所と呼ばれていましたが、年に一度、贖罪の献え物をささげた大祭司だけが入ることができる、極めて聖なる場所でした。大祭司さえも、まともに悔い改めなければ、主の懲罰によって直ちに死んでしまう、恐ろしくて聖なる場所だったのです。この幕屋はイスラエルの民が住んでいる巨大な陣営の真ん中にあり、その幕屋を中心にイスラエルの各部族はカナンまでの長い年月(約40年)を生き延びました。主なる神の幕屋は素朴な見た目でしたが、イスラエルがどこへ行っても一緒に移動しながらイスラエルと共にありました。主はこの神殿を通して、主の民がどこへ行っても、主が彼らと必ず共におられることを示してくださったわけです。
二つ目はソロモン王がエルサレムに建てた神殿でした。時間が経ってダビデ王の時代になり、ダビデ自身は宮殿に住んでいるのに、主なる神の掟の箱は幕屋にあると懸念して、立派な主の神殿を計画するようになりました。(サムエル記下7) その後、ダビデの息子ソロモンが王になり、最高級の建築材料を集めてエルサレムに主の神殿を建てることになりました。テントのような幕屋の代わりに非常に華やかで巨大な神殿が完成しましたが、その内部構造や機能は、以前の幕屋と大きく変わりはありませんでした。しかし、その後、イスラエルが偶像崇拝などの罪によって主に裁かれ、バビロンに滅ぼされた時、残念ながらソロモンが建築した神殿は散々に崩れてしまいました。主の神殿は、むしろイスラエルの出エジプト時代の素朴な幕屋の時のほうが、さらに輝かしかったのです。イスラエルの罪によって、主に捨てられたイスラエルの神殿は何の意味も持たず、ただ崩れ消えるようになるだけでした。三つ目の神殿はバビロンから帰還したイスラエルの捕囚が建てた小さな神殿であり、四つ目の神殿はそれを増築したヘロデ王の神殿で、西暦70年にローマ帝国によって破壊されました。そして、今までエルサレムの神殿は存在していません。
2. 主なる神は神殿に住んでおられない
イザヤ書66章1節はこう語ります。「天はわたしの王座、地はわが足台。あなたたちはどこに、わたしのために神殿を建てうるか。何がわたしの安息の場となりうるか。」古代の国家においての宗教は、ただの信仰というレベルのものではありませんでした。諸帝国の皇帝は「神々の子」あるいは「神々の顕現」などと呼ばれ、自分たちの宗教の最高指導者と同じ位置にいました。そのため、政治と宗教は非常に密接な関係を結んでいました。だから、古代帝国の皇帝は自分の権威のために神殿を建築することが多かったのです。エジプト帝国の神殿、中東諸帝国の神殿、ギリシャやローマの神殿は、そんな理由でとても巨大に建てられました。しかし、これは権力のために自分たちの神々を利用する行為でした。古代国家の神殿は、厳密には神々のための場所ではなく、皇帝の権力のための政治的な建築物だったのです。そして、彼らは自分の神々を自分の手で建てた神殿に閉じ込めておきました。最も重要なのは、実際にその神々が存在もしない偽りの神々だったということです。したがって、イスラエルの神殿は、主なる神を閉じ込める建物ではありませんでした。イスラエルの王権のための建物でもありませんでした。四つ目の神殿であるヘロデ神殿はヘロデ王の政治的人気のために建てられたと言われますが、それ以前の神殿は、主がご自分の民と共におられることを象徴する象徴物に近かったのです。
イザヤ書は語ります。「天は主の王座、地は主の足台である。」すなわち、主なる神の真の神殿は、主ご自身が建てられた全宇宙であり、人が建てたところに主はおられず、主はご自身でおられるということをこの言葉は強調しているのです。したがって、私たちは、昔のエルサレムの神殿や、この会堂を神の聖なる場所と誤解してはなりません。この建物が存在する理由は、主のためではなく、私たちのためです。主がご自分の民に集まる場所、雨と風を避けて暖かく穏やかな礼拝ができるようにしてくださるために、この会堂という建物を建てらせてくださったのです。主なる神は、ご自分の御手によって造られた、この宇宙という神殿におられます。そして、さらには、主はこの宇宙よりも大きなお方です。だから厳密に言えば、主なる神には神殿が必要ではありません。それにもかかわらず、主が出エジプト記の幕屋、イスラエル時代の神殿を許してくださった理由は、主の民がその幕屋と神殿によって、彼らの間に一緒におられる主を認識して生きることを望んでおられたからでしょう。したがって、神殿は主が一緒におられることを知らせる民のための表示板に過ぎません。
3. 神の真の神殿イエス
ところで、今日の新約本文ではこう述べています。「イエスは答えて言われた。この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。それでユダヤ人たちは、この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのかと言った。イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。」(ヨハネ福音2:19-22) 過越祭が近づいてくると、イエスはエルサレムの神殿に行かれました。そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと両替をしている者たちををご覧になり、怒って追い出されました。そもそも、ご自分の民と共にいるために神殿の建築を許してくださった主なる神は、民の罪を赦し、彼らと近くにおられるためにいけにえの献げ物を命じられました。なのに、イエスの時代の神殿は、そのような神殿の本来の存在理由ではなく、宗教的な儀式と人々の利益関係のための場所になっていました。純粋な信仰で家で大切に育て、連れてきたいけにえの家畜を傷ついていると騙し、安い値段で買い取り、他人にその家畜を高い値段で売り渡して差額を残しました。その金が大祭司や権力者のポケットに流れ込む形でした。主なる神のご臨在を象徴する神殿が誰かの利益のための場所に変質していたわけです。そのため、イエスは怒られたのです。
そもそも、神殿が建てられた理由は、ダビデとソロモンの純粋な信仰のゆえでした。彼らの信仰が子孫まで受け継がれたら良いが、罪によって汚された人間の本性は、その純粋さを保つことができません。結局、イスラエルの神殿は主のご臨在の象徴ではなく、主を神殿に閉じ込めて自分たちの欲望を満たそうとした宗教指導者たちによって変質してしまいました。真の主なる神の神殿は全宇宙であり、主はその宇宙よりさらに大きな存在であるにもかかわらず、人々は自分の欲望のために主を一介の建物に過ぎない神殿に閉じ込めておこうとしたのです。それが罪を持った人間の本性です。そんなわけでイエスは言われたのです。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」この言葉は人間の手で作った神殿の時代の終わりを告げる、イエスの偉大な宣言でした。人間が建てることの出来ない神殿、主なる神ご自身が建てられた神殿、人間の欲望によって変質しない神殿を、主イエスが完成されるという宣言だったのです。それはイエス·キリストご自身が、真の神殿になるということでした。イエスによって主なる神が共におられることを示し、イエスによって人々が主に真の礼拝を捧げることができるようになったことを示す宣言だったのです。主イエスの十字架での苦難は、この新しい神殿を建てるための崩れとしての出来事だったのです。
締め括り
ルカによる福音書23章45-46節に、こんな言葉があります。「 太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。イエスは大声で叫ばれた。父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。こう言って息を引き取られた。」イエスが十字架の上で亡くなられた時、神殿の至聖所の垂れ幕が裂けたとのことです。つまり、建築物の神殿の時代は終わったという意味でしょう。イエス•キリストは人の手によらない神殿、絶対に変わらない純粋な神殿、特定された場所ではなくイエスの民がいるすべてのところにある神殿のためにご自身が神殿になってくださったのです。それによって、この世に神殿という建物がなくなったにもかかわらず、イエス•キリストという真の神殿によって主を信じるすべての民が、主イエスと共に至聖所に入れるようになったのです。この真の神殿になってくださった主イエスによって、主なる神は、いつも私たちと共におられ、私たちを守ってくださり、私たちの父、私たちの主になってくださるでしょう。