イザヤ書55章8~9節(旧1153頁)
マタイによる福音書16章24~25節(新32頁)
前置き
先日、大分県竹田市にあるカクレキリシタン遺跡に行ってきました。遺跡を訪問する前に竹田キリシタン資料館で案内人の説明を聞かせてもらいましたが、興味深い話がありました。当時、竹田地域(豊後)の領主がキリシタンだったので、他地域のキリシタンより被害が少なかったということでした。領主の配慮で洞窟礼拝堂といくつかの見張り櫓があって、政府の人々が取り締まりに来たら、素早く対応したとのことでした。その理由か、カクサレタキリシタンという表現も何度か聞きました。しかし、領主の保護がなかった地域のキリシタンは、大勢の人々が信仰を守るために殉教しました。カクレキリシタンの物語は、日本のキリスト教にあって欠かせない重要な殉教の歴史です。なぜ、日本の数多くのキリシタンは命をかけてまで、信仰を守ろうとしたのでしょうか? その歴史を通して、私たちが学ぶべきことは何でしょうか?
1.「フィリポ・カイサリアで」
ある日、イエスは弟子たちとフィリポ・カイサリア地域に行かれました。そこで主は尋ねられました。「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」(マタイ16:13) すると弟子たちは「洗礼者ヨハネ、エリヤ、エレミヤ、預言者の一人だと言う人々がいる。」(14)と答えました。 主は「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」(15)と聞き返されました。その時、ペトロが言いました。「あなたはメシア、生ける神の子です」(16) 主は大喜びで、ペトロをほめられました。ペトロが正しい信仰告白をしたからです。しばらくしてイエスは、弟子たちに「御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている」(21)と打ち明けられました。その時、先ほど、正しい信仰告白でほめられたペトロが、主に叫びました。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」(22) ペトロは、主への思いやりで、そんなに言ったのですが、イエスの反応は衝撃的でした。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」(23)イエスがペトロをまるでサタンでもあるかのように厳しく叱られたからです。
イエスは、そんなに厳しくペトロを叱らる必要がありましたでしょうか? ペトロはイエスへの純粋な思いで心配しただけでしょう。しかし、その後、主イエスが言われた言葉、すなわち今日の新約本文を通じて、なぜイエスがそんなに厳しくペトロを叱られたのかを推し量ることができます。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」(マタイ16:24-25)(詳しい説明は後で)フィリポ・カイサリア地域は、旧約時代には「バアル・ガド」(ヨシュア11:17,12:7,13:5)と呼ばれました。バアル神崇拝の地域だったのです。また、その後には古代ギリシャの神である「パーン」の神殿があったとも言われます。さらにカイサリアという地名からも分かるように、ローマの皇帝(カエサル)を神格化する意味の場所でもありました。すなわち、フィリポ・カイサリアは唯一の主なる神を否定する偶像と皇帝崇拝にあふれていた「偶像崇拝」の町だったのです。イエスがフィリポ・カイサリア地域で弟子たちに、「わたしを何者だと思うか。」とお尋ねになった理由は、偶像に満ちたこの世にあって、ひとえにイエス·キリストだけが真の神であり、王であり、主であることを今後教会を建てていく弟子たちに確認されるためでした。
2.人の思いと神の御心。
イエスが、罪人の救い主となり、世の真の支配者となられるためには、必須不可欠な前提がありました。それはイエスが十字架にかけられ、人類の贖いと神と世の和解のために死んでくださること、いわば「十字架での犠牲」を成し遂げることでした。真の神であるイエス·キリストが、真の人間としてこの世に受肉された理由も、普通の罪人なら絶対に成し遂げることが出来ない、十字架での犠牲を背負われるためでした。つまり、フィリポ・カイサリアでペトロが告白した「あなたはメシア、生ける神の子です」という言葉は、「イエスが必ず十字架での犠牲を成し遂げ、死ななければならない方」になるための前提だったのです。ところが、そんな立派な告白をしたペトロが、しばらく後にイエスへの自分の個人的な思いのため「とんでもないことです。そんなこと(十字架での犠牲)があってはなりません。」と反対したので、前の告白と完全に矛盾になってしまったわけです。ペトロは自分も知らないうちに「この世を救うイエスの十字架での犠牲は決して起きてはならない。」と言ってしまったのです。イエスが怒られた理由は、ペトロの思いが邪悪だったからではありません。主もペトロの思いを知っておられました。しかし、その思いの中に隠されている「イエスが十字架で死んではならない」という思いが、主なる神の御心である「イエスの犠牲によって罪人とこの世を救う。」に逆らうものだったからです。
時々、私たちはこんなに考えるかもしれません。「○○したほうがもっと良いのに、なぜ神は○○されないんだろう。」例えば「神が全日本人の夢に現れてイエスを信じろと一言だけ言われれば、みんなが一晩にしてキリスト者になるはずなのに、なぜ全能の神はそうされないんだろう。」みたいな考えです。全能な神であると聖書も力強く語っているのに、なぜ神は常に、私たちの目に難しい道だけを選ばれるだろうか理解できない時が多いです。しかし、そんな時、私たちは旧約聖書のイザヤ書を憶えなければなりません。「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。天が地を高く超えているように、わたしの道は、あなたたちの道を、わたしの思いは、あなたたちの思いを、高く超えている。」(イザヤ55:8-9) 神がなぜそのように私たちの考えと常識とは違う方法で働かれるのか、私たち人間は、死ぬまで分からないでしょう。しかし、明らかなことは、主なる神には人間の思いをはるかに超える御心があるということ、だから、主なる神の御心が、自分の思いと違うといっても、私たちは、主に信頼して従わなければならないということです。神の御心と人間の思いはまったく違います。時には人間の思いのほうがより効率的で速い道のように見えるかもしれません。しかし、聖書は語ります。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」
3. 自分の十字架を背負う闘 – 一死覚悟
信仰の難しいところは、そこにあります。自分の思いがより正しく判断されても、まずは主なる神の御心はどうか聖書から確かめ、その御心と合わないなら、自分の意志をあきらめ、主の御心に従うこと、それが信仰だからです。人間的な見方で、イエスの死を反対したペトロの行動は悪いことではないかもしれません。むしろ、主イエスへの愛の行動でした。しかし、主なる神の見方では、ペトロの行動は神の御心に逆らう悪行でした。主イエスが死ななければ罪人とこの世への救いが成し遂げられず、ここにいる私たちの救いもなかったことになるからです。このような信仰の難しさのため、信仰をあきらめる人も歴史上いたでしょう。だから主イエスは、こんな趣旨で言われたわけです。「あなたの思いという十字架を背負い、わたしにならって自分の思いを捨て、主なる神の御心に聞き従いなさい。」到底理解できない状況、聞き従いたくない時にも、それが主の御心なら信じ従うこと、それがまさに十字架の道であり、信仰の道であるのです。そして聖書は語ります。「自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。」主の御心に従うためには、命をかけなければならない時がやってくるかもしれないということです。主の御心への服従のために、命をかける覚悟があるかどうか、聖書は尋ねているのです。
8月ですので、歴史の話しで例をあげたいと思います。1939年、日本帝国は「宗教団体法」を成立し、翌年から日本のプロテスタント教会を統合して政府に協力する教会にしました。その結果、何人かの影響力ある牧師たちの「神社参拝は国家儀礼である。」という主張によって、数多くのキリスト者が妥協し、神社参拝を犯しました。「そうだ。国家儀礼に過ぎない。家族のために、教会のために今は生き残るのが先だ。」死ぬよりは生き残って、後日を約しようと思ったからです。そのためか、日本のプロテスタント教会には目立つ殉教者は見られません。誰かは日本のプロテスタントに殉教者が皆無だと嘆きます。今日の説教題は「一死覚悟」ですが、植民地朝鮮の牧師「チュ·ギチョル」さんの説教題から引用しました。彼は「人間にはただ一度死ぬことが定まっている。(ヘブライ9:27)その一度の死を愛する主のために覚悟する。」という志を立て、拷問の中で死んでいきました。国家儀礼だと思ったら、一度だけ頭を下げたら、老母、妻、二人の息子の家長だった彼は死ななかったでしょう。しかし、カクレキリシタンが「ふみえ」踏まず、命をかけたように、彼は主を裏切らず信仰のために死を選んだのです。「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。」(啓示録2:10) 彼は自分の思いではなく、主の御心に聞き従ったのです。
締め括り
私が申し上げたいのは、朝鮮の教会が日本の教会より優れていたということではありません。チュ·ギチョル牧師のような、何人かの朝鮮の殉教者たちは素晴らしかったのですが、その数百倍の朝鮮教会の牧師たちは進んでみそぎばらいをし、宮城遥拝を犯し、チュ·ギチョル牧師は彼らに徹底的に見捨てられたからです。そういう意味として、朝鮮の教会も偶像崇拝の歴史から自由ではありません。しかし、誰かは主の御心を自分の思いより大事にし、自分の命をかけて信仰を守ったのです。それが「一死覚悟」の信仰だったのです。そして、それはカクレキリシタンの信仰でもあったのです。私たちは、なぜ主を信じているのでしょうか? 私たちは果たして自分自身、自分の家族、自分の必要より、主への信仰をさらに大事にし、命をかけてまで守る覚悟をしていますでしょうか? ただ、この志免教会の穏やかな雰囲気、心の安らぎ、あるいは他の理由のために習慣的に教会に通い、信仰生活を続けているのではないでしょうか? いつか自分の思いのために、主への信仰をかるがるに捨ててしまうのではないでしょうか? 何よりも、誰よりも、私たちのために十字架で死んでくださった方への信仰を大切に守り、一死覚悟のあるキリスト者として生きることを願います。歴史の8月、歴史に照らして私たちの信仰を顧み、成長させていきたいと思います。